「お母さんは心配するように出来ている」「子どもは親をうっとうしく思うようにできている」

ひとりごと
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親のことをうっとうしいと思ってしまう

わたしはこれ、ぜんぜんおかしくないと思う。なぜうっとうしのかを根源的なとこまでっ遡っていくと、生存本能じゃないのかなあ。

親はたいがい先に死にますよね。
死んだあと誰が面倒見てくれるって、自分しかいないんだから、子どもは子どものうちから自分のことは自分で決めるように、自然になっていくんだと信じてる。死なないための練習がはじまったんだと思っとけばいいよ。

子どもが何も話してくれない

それから、子どもが何も話してくれない、というときは、上から尋ねるばっかりだからじゃないかと思う。いつどこで誰と何をして遊んできたかって、尋問じゃないんだから(笑)
なんでわたしが誰と遊んでるかそんなに気になるんだろうって不思議だったなぁ。

自分の話とかすればいいのに、って思ってた。まずは親のほうが、いつも楽しく生きている見本であってほしい、というのが子どもだったわたしの願い。
ふだんから親が自分の話を楽しそうにしてたら、わたしも自然に自分の話をしたくなったと思うんです。
聞いて聞いて聞いて!って、それこそうっとうしいくらいに。

家族はいちばん近くにいる他人

家族にまつわるあらゆる問題は、「家族はいちばん近くにいる他人だ」という前提を忘れてしまうことに、起因しているのだはないかと思います。

部屋にノックせずに入ってくる、机のなかを調べた形跡がある、足を踏んでも無視、などなど。あれ?っていうようなささいなこと。誰にも一度は経験があるんじゃないでしょうか。
もしかして家族だからいいや、と思っていたのかもしれません。でも、他人なら、そんなことしないでしょうに、ね。

だけど、どんな小さなくだらないことでも、養ってもらっていても、やっぱりおかしいと感じたことは、いちいち伝えておいて良かったなあと思うんです。わたしがもしあのとき伝えるほどでもないかもしれない程度のおかしさを、こんなこと言うのってほんとにちっちゃい人間みたいでイヤだなーとか思いながらも、正直に伝えることができなかったから、郵便を開けられたり、机を開けられたりすることが何年も続いて、積み重なっていった先には何があるでしょうか。

よくニュースで見るような刃傷沙汰に発展する家族と、わたしの家族とのあいだに、そんなに違いはないと思う。


わたしも絶対に気づいてないうちに一選を超えてることがあるはず。だから家族でも、自分がイヤだと思うことは、きちんと伝えあうことって凄く大事。でも、これって言うのはカンタンだけど、っていう王道のパターンです。

もうすでに、落ち着いて聞けない、言えない状態になっちゃってる場合は、時がくるのを待って、お互いのために離れることがいちばんです。離れたほうが仲よくなれるなら、そのほうがずっといい。

わたしは実家を出てもう10年以上になりますが、ほんとうによかったと思う。家族とは、仲良くも悪くもありません。今は年に数回、お互いの生存確認のために帰省するぐらい。

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